100点未満
ワクチン接種率をあげるのは容易ではなさそう。在庫と強いオペレーションが揃っていても、市民への促進マーケティングが疎かだと集団免疫獲得は難しいとCさんが指摘していた。米国でも2-3割はワクチン接種拒否がいるので、日本でも接種率50%以降からは、ゲームのルールが変わり、一気に難しくなる。
ちょうど連休に『失敗の本質』を読み直した。曖昧な目的、組織内の空気によって決定される作戦、一方通行の権威主義、厳しい現実から目を背けがちな文化、などはいつ読んでも示唆がある。海の向こう米国の友人に聞いたら、彼がいる大学院では学生と、その家族みなファイザー/モデルナのワクチンが打てるようになり、事前予約ももはや不要で、国籍や保険の有無も関係なし。9月からは学生の接種も義務化となる。日本の状況をどうこう言うつもりはないが、やはり100点とれる方策ができない限り動かない国民性、というのはあるよなー
この写真は「100点じゃなくても写りゃいいだろ、写真なんだから」と、助手席からContaxT2で撮られた写真なのだが、これがかおたんラーメンだとわかる人は流石にいないと思う。

ギフトのルール
以前ギフトの会社を経営していたことがあり、そのときは年がら年中、いつ誰が何を誰にいくらくらいの予算で贈るか、ギフトコミュニケーションにおける課題をどう解決しようか、というようなことを考えていた。
当たり前だが、ギフトに正解はない。有名ブランド品をありがたがる人もいれば、モノはもう要らないから止めてくれという人もいる。高価かどうか、というのも人によって捉え方がまったく違う。
ただシンプルかつ決定的な「ギフトのルール」は、名前も顔を思い出せないような人からのプレゼントは鬱陶しいだけで、快く思っていない人からのプレゼントはまったく嬉しくない、というそれだけのことである。だから大切なのは、何を贈るかではなく、相手と望ましい信頼関係が築けているかどうかだけだという、身も蓋もないことになる。
昨日は母の日の週末なので、The Little Shop of Flowersで芍薬と、ファーマーズマーケットでOmeFarmの蜂蜜を買って、届けに行った。母はヨーグルトに蜂蜜をかけて食べるのが好きらしい。よかった。
母は、ワイドショーで仕入れた変異株情報を、速報かつ脅迫じみた文面で我々家族にいつも警告しながら伝えてくる。ちょっと疲れる。
ただ、いままでの人生を思い出しながら、最近は母の言うことをちゃんと聞くようにしようと思った。母の言うことは、全部ではないけれども、しばしば大切な真実が潜んでいると思うからである。

Ketchup can’t catch up
テックな方々はみなInside Bill’s Brain(Netflixのドキュメンタリー)を観ていることと思うが、ビル・ゲイツとウォーレン・バフェットがダイナーで話をしているシーンがある。
ウォーレンがパティに塩をバサバサと振り、ビルがケチャップをべったり塗り、見るからに高血圧まっしぐらのハンバーガーを頬張りながら、財団での取り組みの進捗状況を確認する、という最高のシーンなのだが。
どうやらアメリカでは、ケチャップが今年頭から足りず、増産体制まっしぐらだと聞いた。というのもCovid-19下での新しい飲食店ガイドラインにより、ハインツの大きいボトルでセルフサーブするスタイルで提供ができず、すべてテイクアウト小袋での提供になった&テイクアウトがそのもののボリュームも増えた為、ケチャップが足りず、小袋の価格は去年から13%上がっているとか。
おおこれはまさに、Ketchup can’t catch upではないか!と膝を打った。
何を言ってるのかわからない人は私の4/27の投稿を見て欲しい。

ステイホーム
連休最終日にAirTagが届いた。
先日は3万円するPCキーボードを買ったし、ガジェット好きは財布の紐がステイホームできない。
お金の使い方と言葉の使い方には、共通点があるらしい。たとえば、ここは特に喋らずに静かにしておけばよい、というときに沈黙できない人は、どうでもいいことにお金を使う浪費家、と類似性があるということだ。耳が痛い気がする。
AirTagで紛失物なくなるかな。受験生が試験場に忘れ物をすることが多いように、人間は緊張感から解放されたときに忘れ物をしやすいと言われる。いま一番緊張する場所は歯医者だ。歯医者には手ぶらでいくことにしよう。

Los Angeles Car Club
次のクルマ、なににする?という話を最近友人とよくする。
もうEV一択でしょ、いやまだ早い、ビンテージの遊び車が欲しいなど。いつまで経ってもこの手の話は楽しくて尽きない。
『Los Angeles Car Club』は平野太呂の写真集で、買いそびれて探していたら、長崎は雲仙のタネトさんの古書売り場で偶然幸運にも発見した。7年かけて、フリーウェイで車窓から並走する車を撮ったものなのだが、こちらに気がつかない運転手と彼らの生活の一部と化した車の横顔が収められていて、クルマ天国ロサンゼルスの乾いた寛容さがある。
でも日本でも、実は日本人はまったく車離れしていない、という話を聞いた。1世帯あたりの自動車保有台数が1台を超えたのは1996年で、その後統計上、保有台数は一度も下がったことはない。鉄道が充実した大都市圏に住む人たちは3-4000万人程度だから、8000万人前後の日本人は、自動車があったほうが便利、あるいはないと不便な世界で暮らしている。
東京都心で働く一部の人は、タクシーを日常的にアプリで呼んだりする「とても偏った世界」に暮らしているが、都心を少し離れた知人や地方の友人の生活を見ると、自動車の保有台数は1世帯1台どころか1人1台に近い。
次の車なににしようかなー
個人的にテスラはモデル3を数日Anycaでお借りして乗ったが、はじめてスマホを触った時の感覚と近く、ああこれは未来は確実にこうなるなと思ったが、まだ欲しいとは思えなかった。車両としての組み立て精度や擦り合わせ品質は、ジャーマン3とはやや遠い、一般的な米国産品質と思う。

あのこは貴族
昨日は終日散歩デーとした。犬かよ。
ランチに白山のalsoで排骨と雲呑を食べ、アヒルストアでも食べた。我ながら健啖家である。
先日駆け込みセーフで見た映画『あのこは貴族』(監督 岨手由貴子)はとてもよかった。門脇麦の「お嬢様」の好演に釘付けになった。結婚に夢を見出そうとしたが、ギャップに気づき自ら人生の舵をとっていく、という難しい箱入り娘の役なのだが、身内にはくだけて喋るのに外では一貫して清楚なところとか、淀みなくアールグレイ頼むところとか、まさに。
映画の後半で、とある登場人物が、『友達でも恋人でも、今日一日あったことをただ話せる相手がいたらとても幸せで、でもそういう人は実はなかなかいない』と言っていた。結局、どんな立場におかれようと、ぼんやりとした閉塞感を打ち破るのはそういう単純なことなのかもしれない。
帰宅してから、銀座GritNationで在庫を押さえてもらったハイパーボルトでマッサージした。いまの自分のカラダの閉塞感打破に必要なのはこれに間違いない!

たたき台
仕事をお願いしている方が、一枚でパッと視界が開けるような草案を作ってくださった。ありがたい。
よく仕事でお前はもっと打席に立て、とかバットを振れと言うが、具体的には何事でも「たたき台をつくってみる」ことがその一歩だと思う。
文字通りサンドバッグになる素案があると、仕事は早く進む。そしてほとんどの場合、イチから作るより、文句を言う方が100倍ラクである。だからたたき台は常にエラいし、自分がたたき台を作ります!と手を挙げる人が多い職場は良い職場だ。
コメントする側は、人格攻撃になってはいけない。自分が推敲する立場のときは、「いまからコメントをするが、この指摘はあなた個人ではなく案に向けてである。素案があるお陰でラクになる」と感謝ファーストが大事だと思っている。
さて昨日はひっそりバーベキューしたら、火起こしのご褒美に(?)、響17年の記念ボトルを頂いた。肉は日進で買った葡萄牛テンダーロインがお値段の割に美味しかった。
人は食事をともにすることで結びつきを持ち、関係構築をする。石器時代からそれは変わらないんだけど、それも禁止って言われちゃうと人類進化史上最大のチャレンジを要求されている気がする!
写真はいつぞやのKurkke Fieldsでの焚火。

来たときよりも美しく
誰が最初に言ったかしらないが、「来たときよりも美しく」という心構えが好きだ。
新入社員。あなたは理由は問わず、必ず組織から去る日がくる。なので、心がけるべきことはシンプルで、「来たときよりも美しく」=自分の貢献によって、入った日よりも去る日の方が会社が、部門がより良くなった、自分も大きくなったといえるようになっていてほしい。元ヤフー現東京都副知事の宮坂さんの受け売りだけど。
昨日は友人の結婚祝いでレストランに行ったが、待合ラウンジに忘れ物をするし、最後にいかがでしたか、とわざわざテーブルまで来て頂いたシェフに特に気の利いた感想も言えずじまいでちょっと反省した。HASSAKU=はっさくと山羊のチーズのダックワーズはぜひご賞味いただきたい逸品だった。
美しくといえば、食後にナプキンを綺麗に畳みすぎると料理に満足しなかった、というメッセージだというマナーらしいけど、あれは昔から何故かよくわからない。
でもExcelファイルは、保存時に全シートのカーソルをA1に移動しておくお作法が、来たときよりも美しい。少なくとも見る方は便利。
