United Nations Headquarters
ほんとこのビルはいつまででも見ていられるくらい美しい。

戦後11人の建築家の協同作業の末、つくられた。NHK衛星TVでそのプロセスのあらましを見た。設計主任は、ウォーレス・K・ハリソン、その下に11人の建築家が集まった。イギリスのロバートソン、フランスのコルビュジェ、ソ連のバソフ、中国のリャン、スウェーデンのマルケリウス、ブラジルのニーマイヤー等だ。最初から、ル・コルビュジェが「リード」したが、設計主任のハリソンは40数回の会議の過程で若いオスカー・ニーマイヤーの案を中心に妥協点にもっていく。ただニーマイヤーは、コルビュジェの弟子であり、コルビュジェが自分の案をニーマイヤーの案に「圧力」をかけて忍び込ませたようだ。
引用元:国連ビル誕生秘話を見る
Done with my MBA.

2年間のMBA留学、終了。とにかく、打ちのめされた二年間だった。 能力、知識、経験、信念、人脈。 広い意味での自ら有するリソースの少なさと覚悟の浅さに気づかされた。英語がわからない。通じない。思ってることの半分も伝えられない。しばらくして慣れてくると足りないのは実は英語ではなかったということに気づき、落ち込む。でもそんな弱音吐いてるヒマはないので、どうにかして相手の信頼を獲得する努力をし、自分を売り込む。
留学する前にとある方に挨拶に行ったとき、『2年くらいじゃ人はそんな変わらないから気軽にいっておいでよ』と言われた。渡米を前に向上心マックスな自分に何を言うのだと思ったが、すぐ続けて『だから、他人と比較しないで、瞬間々々の生き方が自分のキャパシティに対して最低100%になるように。それだけを羅針盤にすればいいじゃん。』と言われた。要するに、自分だったらできるはずだったことを当たり前にやれ、というだけなのだが、このアドバイスはとても役に立った。なかなか成果が出ないとき、折角アメリカまで来て自分はなにやってるんだろう、とIPAを喉に流し込みたくなるとき、このフレーズを思い出し胸に手を当てて考えた。
リーダーは勇気や希望を持ち、それを原動力に人を巻き込んでいく。でも生まれつき勇気に満ち溢れている人はいないので、新しいチャレンジをするときは原資となる燃料をどこからか調達しなくてはならない。いったい何がその原資となるのだろうか。もちろん他人からの激励、頼もしいチームメイトの存在は嬉しいし力になるが、結局もっとも最後に頼りになるのは自分の過去の経験だけだと思う。あのときも大変だったが、なんとかなった。だから今回もどうにかなるだろう。そう考えるしかない。恐らくこの2年間の経験は、これから先に勇気を振り絞らなきゃいけないときに大きな原資として頼ることになるであろう2年間だったと思う。
この2年間を可能にしてくれたすべての人に恩返ししなくては。
MGT497: Pricing
MBA最後の学期、人気授業のPricingを受講。
授業概要をシラバスから超訳:企業のマーケティング活動において価格設定というのはもっとも重要な戦略意思決定事項のひとつであり、サプライヤー側のコストや顧客側の支払い意欲、競争環境等を総合的に判断する必要がある。クラスでは、このプライシングに関わる意思決定をどのように下せばよいのか、経済的、戦略的、顧客行動心理的観点から包括的にアプローチしていく。
担当はProfessor Karsten Theil Hansen。学士はデンマークはコペンハーゲン大学、その後ブラウン大学で経済学のPh.Dを取得。シカゴ大学、ノースウェスタン大学でのアシスタントプロフェッサーを経て2008年からRadyにて現職。眼光鋭く細マッチョ。
授業は最初、『マネージャーは利益を生み出すために、4つのレバーを握っている。セールス、変動費、固定費、そして価格。この4つのなかで、売上げやコストについては激しい議論が企業内で常に繰り広げられるが、プライシングに関しては軽視されがちだ』という議論からスタート。価格比較サイト等による売り手と買い手の情報の非対称性が是正され、またソフトウェア産業など限界コストがほぼゼロに近い産業が存在感を増す昨今、プライシングはもっと重視されるべきだと教授は熱弁。
例えばレストラン産業や不動産はコストから最終価格を導きだすことが多いが、これは顧客の支払い意思(Willingness to pay)を考慮していないことが多くナンセンス。マネージャーは法律を遵守できうる限り、利益を最大化できるプライシング戦略を持つべき。
ということで授業では、顧客が感じる価値をどうやってdollar valueに落とし込むか、顧客セグメントが複数存在する場合にどうやってプライシングするか(Tiered Pricingやバンドル販売、Price Fencesなど)を習得したのち、Conjoint Analysisを使って顧客が商品の何に価値を感じるのかを探る手法を学ぶ。加えて過去のセールスデータをどう未来のプライシングに活用するか、さらに補足的にPay what you want(顧客が気に入った金額だけ支払っていい)やフリーミアムモデル、大量購入値引きの是非などのトピックもカバー。最後のグループワークでは実際の企業やサービスのプライシング戦略の策定をする、ってな授業でした。
というわけで、これを学んだからといって公式を突っ込んでぽんと出てくるほどプライシングは単純な意思決定ではありませんが、卓越した企業は必ず深く練られたプライシング戦略を持っているという授業の趣旨には非常に同意します。個人的にはアップルのプライシングはモデルチェンジのたびに絶妙だなと感心しますし、マイクロソフトのオフィスシリーズのバンドル売りの仕方も今思えばめちゃくちゃ秀逸。
モノを買うときになぜこれはこういう価格設定なんだろう、自分が払っている金額は他の人も同じように払っているのだろうか、と勘ぐるクセは結構あるほうですが(アマゾンとか顧客によって同じモノでも違う値段で売ることあるみたいです)、この授業を受けて更に疑い深くなりましたとさ。

Casa Luis Barragan – ルイス・バラガン邸をたずねる
いまから12年前の2002年、大学2年生のときに東京都現代美術館へ『ルイス・バラガン 静かなる革命展』を観に行った。それ以来、メキシコという国にいつか行くことがあったなら必ずルイス・バラガンの作品を観ようと思っていましたがついにその機会が!
ルイス・バラガンとは誰、といえばメキシコ第二の都市グアダラハラで生まれた建築家。スペインのイスラム建築との邂逅などを経て、色鮮やかな壁や効果的な水の使用を特徴とする・・・とか、プロフィールだけ借りてきたような言葉で書くとたいそうな作品を生み出した偉人なのねと思うかもしれないのですが、彼の作品はひたすら静かであっけない。敬虔なクリスチャンで、『私の家は私の心の避難場所だった』という言葉や『建築は内側から考えるべき – すなわち外面は内面を突き詰めた結果にすぎない』という言葉からもわかる通り、作品のほとんどがあれ?ここ?というくらい質素な外観です。
さて今回訪ねたのはルイス・バラガン本人のお宅で氏が45歳のときの作品。邸内の撮影&公開は禁じられていますので、UNESCOのギャラリーでどうぞ写真はご覧になってください。

とにかく僕が心を奪われたのは、リビング入ってすぐの西向きの庭に面した十字窓。この窓にフレーミングされた庭は、どんな絵画よりも完璧な構図でした。ここにくるまで色々なルイス・バラガン邸の写真集を見てきましたが、百聞は一見に、一験に如かずというか、実際に足を運んだときの静寂さと、迷路のように入り組んだ構造を解き明かして行くワクワクは、これだけのためにメキシコシティまで来る価値、アリです。ほんとに。
ガイドしてくれたアンナはアートの学校に通っているらしく、単位取得のためにこの財団でガイドの手伝いをしているとか。風邪気味にも関わらず丁寧に案内してくれました。ちなみに屋台タコスは非衛生だから食べないそうです笑。
『静けさこそが、苦悩や恐怖を癒す薬です。豪華であろうと質素であろうと、静謐な家をつくることが、建築家の義務です。』
※ルイス・バラガン邸の見学は予約が必要です。オフィシャルウェブサイトからメールで英語で予約できますが、僕の場合は返事が返ってきませんでした。電話しても出てくれないので当日の朝いちばん10時半の時間帯に行って、その場で午後3時のアポをとりました。もし当日団体が入っていてだめだったら後悔してもしきれないですね・・・根気よくトライください。ヒラルディ邸やオルテガ邸も別途予約が必要です。特にオルテガ邸は、最近は訪問者を選ぶようです。それぞれ個人所有のお宅で、ルイス・バラガン財団が管理しているわけではないので、いつまで見学可能か分かりませんが、ルイス・バラガン邸はぜひおすすめします!
メキシコ旅行関連ポスト:Eat Mexico
Eat Mexico
Memorial Day Weekendを利用してメキシコシティに行ってきた。
サンディエゴ空港からではなく、陸路で国境を渡ってティファナ空港から行くとメキシコのLCCに乗れるので激安になるんだぜ、というカルロスオオバのお告げをいただいたおかげで、往復200ドルくらいで行けちゃいました。
サンディエゴから805で南下してから途中東にいき、Otay Mesaのボーダー手前までクルマで行く。国境周辺アメリカ側には必ずロングタームパーキングがあるのでそこにクルマを停めて歩いて国境をわたり、すぐにタクシーでティファナ空港へ。15ドルくらいかな。LCCは今回はVolarisをチョイス、最高に快適だったのだが、メキシコ人のクラスメイトに聞くとわーすとえあらいんいんざわーるど!と言ってた。
で、メキシコといったらタコスでしょということでカルロスと共に道ばたのタコス屋台をひたすら食べ歩いてみた。サンディエゴでも色々タコスは試しているほうで、なんだかんだでダウンタウンのPokez美味しいよねーとか思っていたら、世界は広いということを思い知らされる。
本場、バカうますぎて意味不明。アメリカだと大抵Carne AsadaとかCarnitasとか頼むのだが、TripaだのSuaderoだの見たこともないメニューが並ぶので迷ったときは全部試す。5個で20ペソ。小ぶりなトルティーヤに包まれる小宇宙がサルサソースで火を噴く。そして合間にほおばるネギがまた最高なのだ。
というわけでこの屋台鍋ぐつぐつ系ストリートタコスこそ、本場のタコスと私認定します!あー美味しすぎて3食ほとんどタコスだったよ。そしてタコスにはメキシカンコークがよく合う。
最後のタコス屋にはなんと3晩連続で通うことになったのでした!











メキシコ旅行関連ポスト:Casa Luis Barragan – ルイス・バラガン邸をたずねる
チャンスを掴む
2013年の動画なので知っている人も多いかもだけど、とあるBilly Joelファンの大学生が彼と伴奏しちゃう、というはなし。
Vanderbilt UniversityにBilly Joelが演奏に来た際、彼のファンであるMichael Pollackという青年(1年生!)がNew York State of Mindを伴奏させてくれないか、と公開質問の場で名乗り出る。一呼吸置いたあとBilly JoelはOKと返答。そこからは見てのお楽しみ。
“That’s Michael Pollack. Remember that name,” “Guy’s got chops!”
まずは名乗り出ないと、死ぬまでチャンスなんて回ってこないね。
Case Study House #22 Stahl House
カリフォルニアに住んだならいつか行こう、と思い先延ばしになってたCase Study House #22、ようやく訪問!イームズ邸は以前Omaさんたちと一緒に行ったけど、今回はオークランドからLAに引っ越してきた友人夫婦と一緒に。
Case Study Houseは、雑誌『Arts and Architecture』のスポンサーで行われた実験的住宅建築プログラムで、1945年から1966年にわたって実行された。その雑誌のオーナー兼編集長だったJohn Entenzaが、西海岸の若い建築家に対して露出のチャンスを与えたようなプログラムだったらしい。
で、この#22 Stahl邸はPierre Konig設計。HollywoodのChateau Marmontの横の路地を入って丘を登り路地をぐねぐねと行くと着きます。無料なわけはなく、事前絶対要予約で$50もします。どへー。行ってみたら僕ら以外全員ヨーロッパからの旅行者だったっぽい。昼間と夕方とふたつの時間帯用意されていますが、僕らは夜の時間帯に行きました。
Stahl邸は一連プロジェクトのなかでももっともアイコニックで、誰しもがああここ見たことある!というものですが、一部では批判もある模様。というのももともと、Case Study Houseのコンセプトは第二次世界大戦終了後アメリカでの急騰する住宅事情に対応できるような安価で、簡易に、安全に大量生産できる住宅コンセプトを提示するというものだったのに、この家はロケーションも素材もまったく現実的ではなく、華美になりすぎではと。
そしてまったくもってこれはうわさ話にすぎないのですが、Stahl氏が家を造ろうと思ったときに既に同プロジェクトに採択された経験のあるPierre Konigが、『Case Study Houseに応募して採択されたらスポンサー料もらえてコストが安くなるかもしれないよ』、と氏に持ちかけて作ったとかなんとか。。要するに崇高な理念あるケーススタディプロジェクトに見えて、意外とテーブルの下ではそろばん叩きまくっていた、ってことでしょうか。これはガイドのAndrewおじさんが言ってたので噂話とはいえ信憑性が高そうです。
ほか、Stahl氏やその家族にまつわる色々楽しいストーリーも聞きましたが、それはぜひ見学したときに聞いてみてくださいませ!結構混んでるのではやめの予約をおすすめします。








