パリでのテロのこと
パリのテロ事件。
弔意を示し、半旗を掲げたいと思う一方で、一ヶ月前にアンカラで起きたテロには無関心で、アンカラに住む友人にメッセージを送って安否確認しただけで終わりにしていた自分の無自覚な無関心さに気づく。パリやベイルートでのテロ、シリア、イラクでの空爆とときを同じくして、韓国でデモの弾圧があり、辺野古で基地建設反対集会がある。僕は、マレーシアで筋肉痛で起床し、朝ごはん何食べようかなと考える。ムスリムの国にいても、起きたことが遠い国のことのように思える。
テロに屈しない、断固として戦うと叫ぶのは簡単だが、テロという手段を選ばざるを得なかった人々の状況の想像をなしに一方的に強い嫌悪を叫べば叫ぶほど解決には遠くなるのだろう。人は見たいものを、見たいときに、見たいようにしか見ない。パリではsolidarité = 連帯という言葉が使われているらしい。痛みを被ったときにひとつになろうとする気持ちは大切だ。しかし、連帯という言葉のもとに同じ思想の人々が固まり、違いを受け入れることが疎かになっては本末転倒だと思う。「連帯」は連なって異分子を排除することではなく、「共生」につながるものであってほしい。
自分に何ができるだろう?と考える。困っている人に手を差し伸べたい、という気持ちの発露は人それぞれの形があるだろう。何もやらなくたっていいと思う。自分はまず、違いを受け入れる知識と度量を持ちたいと思う。
Singapore
10月からしばらくマレーシアに住むことになった。この機会にできる限り東南アジアを見て回ろうと思い、まずはマレー半島の先端、シンガポールに来てみた。いままで機会がなく初めて訪れた。人口当たりの富裕層の割合は現在、シンガポールが世界一だという。各種税率の低さについては言わずもがなだろう。やはり初代首相をつとめたリー・クアンユー(李光耀)の功績は大きい。多民族国家を観光、国際会議、物流中継の地として発展させた。
梶田さんに連れていっていただいたPotato Headという店がとてもよかった。バリをはじめインドネシアで仕掛けているPTTファミリーの仕事。2階がハンバーガー、3階がラウンジ、屋上にルーフトップバー。バーガーのネーミングも渋谷のウーピーゴールドバーガーを思い出させる代物で、行ってみてのお楽しみ。なにより、Y字路の又部分にあるというロケーションの存在感たるや。鎌倉のThe Bankを思い出す。


Jeff Canham
前を通れば必ず立ち寄ってしまうPlaymountainで、ちょっと前から気になってたメキシカンテイストなサインオブジェ。サンフランシスコ在住Jeff Canhamの作品だという。いつか欲しい、の最高峰はEd RuschaのCold Beer Beautiful Girlなんだけど、これもいい。これ置いた部屋でテキーラと手作りフレッシュサルサとトルティーヤチップスがっつりやりたい。
Olomana Trail, Mauna Kea Star Gazing, Wedding
親友夫妻の結婚式で、ハワイへ。
前日に到着したので、じゃあアドベンチャーしちゃうかとひとりでOlomana Trailへアタック。3つピークがあって、時間的にひとつめだけで断念してしまったのだがこの達成感はダイヤモンドヘッドの比ではないのでぜひ再訪したい。マウナケアで青春写真もばっちり。







スケボーの痛み
結構前のことだが、スケボーでこけてかなり悶絶。お気に入りのスタジャンの肘は破けて内出血。大人になってこういうのは結構こたえる。
で、情けなくなって友人にコケたのよーとかボヤいても普通の人は痛そうねーおだいじにーで終わる。でもスケボー経験者に話すと彼らは同じ痛みを知っているので共感の度合いが深く、どうコケた?とかこういうプロテクターあるぜ、とかおれはもっと激しくコケたことあるしがんばれみたいに話が一歩進む。
自分が痛い、と思ったときにこういう風に話せる人がいると嬉しいので、人に共感できるように自分もたくさんの痛みを知ってる人でありたい、とか思ったけど、それこそ偽善だなと次の瞬間に思った。痛みはできることなら避けたいし、それは冒険の副産物であってほしい。
そして話しは変わって、挫折を知らないから甘いのだ、みたいなお説教をみるけど、本当の挫折を味わった人は決してそんなこと言わないのではと思う。他人に同じ思いをさせたい、するべきだなんて微塵も思わないのではないだろうか。
本当に深い絶望にさらされて、それを克服した人たちは、ひたすら静かだ。










